とある主婦の好きなもの。

ギリギリ昭和生まれのアラサー主婦が好きなものについて語っています。

一度KinKiから中途半端に離れた過去への自省の念を語る。

タイトルの通り、思いを語ります。当然ですが明るい話ではないです。

綺麗事ではない本音や毒吐きも含まれると思いますので、ご注意下さい。

 

今回の記事を書くきっかけは先日の“いい状態じゃないと聞いていた”とのお話でした。

この記事でも触れましたが、私が離れていた2012年~2015年、もっと言えばそれこそ
「緊急ツアー後から薔薇と太陽まで」はなかなか厳しい時代だったようにも思います。
そして私は一度KinKiから離れた事に自省と後悔の念を抱いております。なので今回は
当時の気持ちや今になって気付いた事などを赤裸々に綴りたいと思います。

 

まず、私のKinKiオタとしての歴史はこちらで詳しく書いているのですが、 

今回の話で重要な部分を抜粋します。

次の転機は2012年1月11日にリリースされた『変わったかたちの石』です。ぶっちゃけると、このシングルは買っていません。私の意思表示でもありました。あまりにもグループの活動が少ない中、全くと言っていい程宣伝をしない事にKinKiへの気持ちが急速に萎んでしまいました。離れていたのはこの時期です。

さらっと書いてますが、当時は本当にショックでした。久々の全国ツアーである緊急
コンからまたKinKiを盛り上げていくのかと思いきやソロ活動の比重がどんどん大きく
なり、売り上げも落ちていき、踏ん張り所だと考えていたら上記シングルのお知らせ。
舞台前で番宣できないのは明白だし実際露出も皆無で、一気に気持ちが冷めてしまい
ました。(更に失礼を承知で言うと、この『変わったかたちの石』と『永遠に』と
『夢を見れば傷つくこともある』はシングル曲としては弱かったと思っています)
「何か疲れた…彼らの活動とは距離を置こう」と思い、意思表示としてシングルを
買う事を止めました。

でも、今なら当時の行動のもう一つの理由が分かります。活動方針に失望したのも事実
ですが、“私はKinKiの終焉の可能性を恐れて逃げた”のです。

もしもKinKiが解散してしまったらダメージが大きすぎるから、彼らの活動から距離を
置いて、そうなった場合のショックを和らげようとしたのだと思います。何とも卑怯な
やり方ですが、当時の心境を思い返すとおそらく間違いではないです。

 

そして私が何より反省して後悔しているのは、タイトルにもあるように“中途半端に”
離れた事です。自分の中で見切りをつけたのならすっぱり離れればいいのに、「楽曲は
好きだから…」とアルバムだけは買い続けていました。KinKiが好きなのは変わらない
クセに、ちゃんと向き合って応援しなかった。この点が一番猛省している所です。

ブログやツイッターを拝見していると、やはりこの時期は皆さん苦しかったのだろうと
いうのが分かります。その中でも一生懸命活動を追って、要望して、応援されていた事
に本当に頭が下がる思いです。皆様がいて下さったからこそ盛大な20周年を迎えられた
のだと思います。

 

結果的に、私は『薔薇と太陽』の衝撃でKinKi沼に帰ってきました。そしてFCに入る
覚悟を決め現在に至っています。心の弱い私はグループ活動が少なくなると不安も
感じてしまうのですが、もう同じ失敗は繰り返したくありません。

“KinKiを好きだと思う気持ちがある限りは応援する。オタクが諦めたら試合終了。”

そう胸に刻んで今日もKinKiファンをやっております。

 

…とまぁこのような事を先日の松本先生のお話をきっかけに悶々と考えておりました。
気持ちを整理するためにも文章にしてみましたが、やはり明るい話ではなかったです
ね、すみません…。KinKiがKinKiとして存在している事、それをずっと支えて下さって
いる皆様がいる事に心から感謝です!お付き合いありがとうございました。